共に行こう 株式会社吾嬬製作所
こちらの求人は募集が終了しました。
ご応募ありがとうございました。
「事業の柱になるものを模索しながら、成型品に限らず新しい物があれば、新分野に一緒に挑戦していきたい。挑戦意欲があり、一緒に次の世代を作って行ってくれる方をお待ちしています。」
創業90年を超える、プラスチックの真空成形加工を専門とするメーカー「株式会社吾嬬(あずま)製作所」は、新しいことに挑戦しながらも、堅実にモノづくりと向き合ってきた。
石油の高騰と限られた資源の中で、プラスチックの加工業者はどんどん数を減らしていく。それはプラスチックに限らず日本のモノづくり全体に言えることだ。しかし、そんな状況の中でも新分野への挑戦を続け、新たな道を切り開こうとしている。
そんな吾嬬製作所では、4代目に世代が交代し、これまでの家族経営と高齢化する社内体制を変え、5年後10年後も生き残っていく強い会社を一緒に作りながら、新しい風を巻き起こしてくれる仲間を募集しています。
株式会社吾嬬製作所は、東武亀戸線 小村井(おむらい)駅から歩いて1分ほどの線路沿いにある。下町風情を残すこの地域には今でも町工場がひしめきあっており、吾嬬製作所もその一つだ。
そんなモノづくりの町で今も奮闘する吾嬬製作所は、大正13年にこの地で金属加工業として創業した。そこから2代目に変わり、玩具やクリスマス装飾を手掛けることになる。さらに3代目になったところで、現在の主力事業であるプラスチックの成型がはじまる。
これまでに蓄積されたノウハウで、こういった金型制作から、最終製品まで社内一貫生産しているところが最大の特徴だ。
成形の大まかな流れは、プラスチック原料を加工しやすいように、3~5mm程度の粒状にした「プラスチックペレット」と呼ばれる素材からシートを作り成型する。その樹脂シートを熱し柔らかくして、こういった金型に被せ空気を抜いて密着させる。
そうすることで、こういった立体的な地形図やお店で使われるようなPOP製品を作ることができる。
この技術で、部品搬送トレー、化粧品、商品のブリスターパック、アイスクリームの容器、お豆腐の容器、家電製品のモック、お面など、誰もが一度は見たことがあったり使ったことがあるような製品がここから日々生み出されている。
今回お話を伺わせていただいたのは、4代目社長の松村昌幸さん。
「ベテラン社員の方が70歳を超えられて、体力的な部分で抜けられることになったのと、今の社員さんは先代のチームなので、若返りを図りながら僕のチームを育てていきたいと思っています。」
実は営業として動いている方は、松村さん一人だ。CADやCAMを使って図面が描けるスタッフも数名しかいない。しかし、単なる営業や設計スタッフではなく、まずはモノづくりの現場を経験してもらい、製品がどうやってできているのか、作る人や使う人の立場を考えられる方をじっくり育てていきたいそうだ。
「今回募集する方は、まずは私の方で設計した物を加工してくれる方になります。加工が分かると成型しやすいとか成型しにくいよね、といった作業上のことが分かってきます。図面を引くだけってことであれば、経験者を引っ張ってくれば済みますが、使う立場のことを考えながらやらないと使いやすいものは生まれません。現場を経験したら営業や企画に進んでもらえたらと思います。」
一人前になるにはどれくらいかかりますか?
「作業としては複雑なわけではないんですけれども、すごくデリケートな調整が必要だったりもするので、やはり2年くらいは必要だと思います。」
「毎回毎回同じことをするんじゃなくて、多品種小ロットで色んな型があります。形ごとに材質ごとに細かな設定を変えないといけません。その設定はフォーマットとして残ってはいるんですけど、微調整だったり品質を保持するにはやはりそれくらいはかかってきますね。」
「シートで成型するので、形成して型から外して終わりじゃないんです。そこからトリミングと言って、いる部分といらない部分を取り外してやらないといけなくて、このあたりは手作業で品質を保持するには人が必要なんです。」
松村さんがこの会社に入ったのは、13年前のこと。29歳の時だ。
大学卒業後に約7年間別の会社で営業職を経験され、そこでの経験が今でも生きているそうだ。
「小学校5,6年の頃には、継ぐってことを考えてたと思います。刷り込まれてたんだと思います(笑)就職はするけどいずれは戻って家業を継ぐ、そんな風にずっと思っていました。」
以前はどんな仕事を?
「プラスチックの材料を扱う商社さんに勤めて、そこで勉強させてもらっていました。そことは今でも仕入れ先として取引させてもらっています。プラスチックを率先して選んだわけではありませんが、自然とプラスチック関係の会社を選んでいましたね。」
松村さんは42歳になるが、実はこの会社では一番若い。
「私がこの会社に入った頃は、社員が26名くらいいましたが、今は12人。機械の台数は昔と変わってないですが、残業時間も減りそこからリーマンショックですね。がらりと変わってしまって、やむを得ずリストラをしたこともありました。」
「従業員の方には、私が小さい頃からお世話になってる方ばかりで、今でも教えられることばかりです。ただ、皆さん高齢になって来て、私が一番若い。社長が会長になり、会社を大きくしていくというよりは少し入れ替えをしながら、効率のいい代謝のいい会社になっていきたいなと思っています。」
すみだ地域ブランド戦略の一環として行われている「ものづくりコラボレーション」も松村さんが会社に入ってから新たに始めた取り組みの一つで、既存の技術や資源をうまく使うことで新たなモノづくりに挑戦し、新たな価値を持ったコラボ商品をいくつも生み出してきた。
※写真は、お風呂で本が読める「YOU-BUMI」
始めたきっかけは?
「我々は、発信するってことがすごく苦手なので、自分たちがやってることを多くの人たちに見てもらいたいと思ったのが、始まりですね。」
デザイナーさんとの仕事は、単純に良い物が出来るだけでなく、本来の業務にも良い影響が出たそうだ。
「自分たちが加工している物が、どうゆうシーンで使われているか『出口』が見えてなかったんですが、直接商品になるんだとか、こうゆう方が使ってくれるんだってことが分かりました。それに、商品がクローズアップされることで、自分たちの加工技術をもう一回見直すきっかけになったり、商品の扱いが丁寧になったり、張り合いが出たりもしました。」
ものづくりコラボレーション以降も、デザイナーと数件同時進行で新たな製品開発が進んでいるそうで、今回募集する方にも、ゆくゆくはこういったことにも取り組んでいってもらいたいそうだ。
この仕事で、大変なことは?
「暑いってことですね。成型機ってヒーターを使ってるので、工場内は換気もしてるんですが、夏場はやはり暑い。そこも経営のテーマでもあって、今後はもっと働きやすい環境を作って改善していきたいと思っています。」
「それと、今までも若い方が何人か入ったことはありますが、続きませんでした。単調作業に飽きてしまうんですね。決まった条件である一定の物はできるので、作業としてはすごく単調なんですね。でも、だからこそその方の能力って余計に出て、同じ作業でも人が変わると製品がやっぱり変わるんです。」
例えば、さきほどの地形図のようなものだと、既に印刷されたシートを型に合わせて成型をするため、置き方だったりでちょっとしたズレや違いが出てしまうんだそうだ。
これまでに、印象的だった仕事ってありますか?
「末端のユーザーさんなんですけど、すごくうちのことを気に入ってくださって。間に何社も入っていたんですが、そうなると又聞きみたいになってしまうので、お話がすごく遠くなってしまうんですね。それならば、直接仕事した方がいいってことで、打ち合わせを直接したんです。」
「今までは間の会社を通していたんですが、もうそうゆう時代じゃないよと。直接打ち合わせしないとお互いスピードも合わないし、伝わらないから直接話しようって、その時のお客さまからの助言がきっかけで、今のスタイルができました。」
新しく入る方に求めることは?
「経験のあるなしよりも、毎日日々追及して、日々改善していってもらいたいですね。あとは、真面目な方ですね。大人としてきっちりお話しできる方。そして、モノづくりに熱い情熱をお持ちの方。」
ここで働く魅力は?
「何もないフィルムが形に変わっていくプロセスは、とても楽しんでいただけるかと思います。それと成型という加工を通じて、自分のやりたいことだとか挑戦したいことっていうのをお仕事に反映させたり、もしくはそこから発展させて、何か新しいことをやったりってのが、意欲のある方にはやっていただける環境だと思います。」
吾嬬製作所さんはいわゆる家族経営だ。
従業員が12人いるうちの半分は松村さんの家族にあたる。
一緒に働く松村さんの奥さんの珠実さんにもお話を伺った。
お二人は、部署は違うが前の会社の同僚で珠実さんが先輩だったそうだ。
「ここはやっぱり少ない人数なので、私も営業的なサポートもしますし、図面的なサポートもしますし、機械加工もする。これって言う仕事はないんですね。でも、ここに入ったらみんなそうなりますよ。」
どんな方と働きたいですか?
「単純作業だけど、だからこそ工夫しないといけないところがあるので、色々挑戦してみたい人がいいと思います。大きな会社は何をやるにも判子がたくさんいるけど、小さい規模ですごく近いのでどんどん意見を言ってもらいたいですね。機械につくだけじゃなくて、別の仕事が来ることもあるので、それをストレスと感じず変化についていけて、逆にそれに乗って風を起こしてくれるといいですね。」
「会社は代ごとに変革してきてるので、正直言って10年後この仕事が残ってるかって言うと分からないですよね。石油も高騰してるし、地代も高い。それに、5年後、10年後にイノベーションを起こす時って会社だけでは起こせないので、従業員の半分を家族が占めた状態だと難しいと思うんですよね。仕入れ先さんであったり一緒に取り組むお客さんもそうですけど、従業員の人にも外部の方の力が欲しいんです。」
その一方で、なんと言っても家族経営の町工場の良さは、とにかくアットホームなところだ。取材中も松村さんのお子さんが事務所を走り回っている。普段は宿題を見てあげたり、工場の方もみんなが面倒を見てくれるそうで、珠実さんがここで働き出して特に良かったことはそこだったそうだ。
そんな工場で長年働く、菅田さんにもお話を聞いた。
菅田さんは、成形機を担当されていてここに来て16年、最も経験が長い一人だ。
ここで働くことになったきっかけは?
「以前は、スポーツ関係の卸で営業をしていて固定のお客さんを車で回っていました。全くの異業種ですね。業務縮小もあって廃業になるってことで退職したんですが、知ってる人が募集を出してることを教えてくれて近かったのがきっかけでした。」
「その時は成型の技術はなくて、ゼロからというかマイナス5くらいから。こういった仕事のことを全く知らなかったですし。」
菅田さんは48歳の時にこの会社に来て、ゼロからスタートした。
そんな菅田さんから見て、この仕事に合う人はどんな人だろう。
「当たり前ですけど、一生懸命な方じゃないですか。合う合わないは、入ってやってみて慣れるしかないと思うんですよ。うまくできればいいですけど、ぜんぜんうまくいかないときもあるから。マニュアルはないですし、マニュアル通りやってもうまくいかない時もあるので、現場で慣れてだんだん覚えていって戦力になってもらえたら。」
長年この仕事をしてきて、やりがいはどんなところですか?
「発注の数量が数千とかたまにあるんですけど、そういう数が多い時は、何日もかけてそれをやるわけじゃないですか。それが終わった時はやっぱり達成感ってありますよね。」
菅田さんから見て、松村さんはどんな印象ですか?
「私が入って1年も経たないうちに社長も戻られたんですが、バリバリでしたね。ただ営業行ったり行動力あるけど、やっぱりモノづくりが好きなのかなって。例えば、一つの作業にしても色んな工夫をしたがる。アイデアを出して試していくってのはすごくいいかなって。」
「正直言うと、流れで決まっている作業を変えられると、従業員からしたらめんどうなところもありますよね(笑)でも、結果それが良かったり、失敗したりすることもあって、常にチャレンジしてやってみようかってところがいいところかな。」
最後に、今後の目標を松村さんに聞いてみた。
「うちでできることなら成型にこだわらず、新たな道も歩んでいきたいと思っています。石油の価格は、長い目で見ると必ず上がり、プラスチック自体がどうなっていくか分からないんですけど、時代が変わった時に自分たちも変わって生き残っていく。そのためには、その次の仕事の柱になるものを模索しながら、成型品に限らず新しい物があれば挑戦して行きます。」
「3つ4つ組み合わせるとかなりマネのできない強い技術になっていくと思うので、プラスチックに捕らわれない異分野を組み合わせて、技術にしていくというのは今後もテーマで、次の時代を一緒に築いていこうと言える、そうゆう強い体質の会社にしていきたいと思っています。」
松村さんと話をしてみて感じたのは、今は経営者ではあるがやはりモノづくりの世界で育ってきた根っからの職人なんだと思う。新しい方が入って松村さんと一緒にあーでもないこーでもないって意見し合う姿を想像すると、こっちまでワクワクせずにはいられない。
社長にダイレクトで意見をぶつけながらモノづくりに熱くなれる方、ぜひ応募してみてください。