2017.10.20(金)

できないを叶える 株式会社東北紙業社

東北紙業社

打ち抜きという加工を用いて、全国のお店などで使われるPOPをはじめとした紙製品を作る工場が、墨田区の南部にあります。

今では紙製品だけに留まらず、あらゆる素材に対してこの加工を行っており、さらには東京という立地を活かしたネットワークとフレキシブルな対応力によって、小さな町工場では実現しえなかったような、さまざまなことに挑戦を続けています。

今回は、そんな打ち抜き加工を行う「株式会社 東北紙業社」を訪れました。

どんなものでも打ち抜く、東北紙業社

東北紙業社 東北紙業社

江戸東京博物館や両国国技館など、墨田区の中でも特に観光色の強い両国駅から15分ほど歩いて行くと、駅前の賑やかな雰囲気とは打って変わり、幅の広い区画整理された道路に車の交通量も増えてくる。

高いマンションやビルの脇を歩いていると、ところどころに町工場が点々と存在していることに気が付きます。このあたりは、昔からメリヤスの町として栄え、洋服やお菓子の箱を作る紙器の会社や、印刷会社が今でもたくさんあります。

そんな町工場の一つに、他とはちょっと違った薄紫色に外壁を塗られた工場が見えてきます。中を覗いてみると、柱や機械が青色に塗られていて、想像していた町工場の印象とは少し違います。

東北紙業社 東北紙業社

飾られたジグゾーパズル(左)は、日本で最初に作られたもの

墨田区千歳にある『東北紙業社 千歳工場』は、プレス機を使った打ち抜き加工を創業から86年ほど一貫して行っています。その名前から東北や北海道にあるとよく勘違いされることもあるそうですが、創業は、墨田区菊川。

もともと創業者が仙台の出身だったことからこの名が付いたそうで、東京大空襲でこのあたり一帯が焼けてしまったため、新工場を今の場所に建てられたそうです。

打ち抜き加工と聞いてピンと来る方は少ないかもしれません。お店などでよく見かけるPOPは、まず広告代理店が企画をし、印刷屋さんに依頼し印刷します。そして、印刷された紙がここに入ってくると抜き型と呼ばれる刃が付いた型に素材を合わせ、機械でプレスすることでさまざまな形の紙製品が生み出されます。その後、内職屋さんなどによって組み立てが行われ、全国の店舗に発送され店頭で使われます。

四角い紙ではないものには、印刷後にこうした加工が何かしら施されています。特に、モデルの等身大パネルのような大きくて厚いものを抜くことができることがここの特徴で、紙の中で一番大きな板紙L版サイズ(1100mm ×800mm)が抜ける機械を持つ工場は、東京都内でも数件しかありません。

また、他の工場では断られてしまうような特殊な加工や、紙の上に型抜きした紙を嵌め込む『紙象嵌(かみぞうがん)』といった技術を持っていることも大きな特徴です。

お話を伺ったのは、この工場の3代目にあたる加藤 清隆さん。

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加藤さんは今年37歳

加藤さんがこの工場で働き始めたのは、大学1年生の冬。
東京都小平市で生まれ育った加藤さんのご実家は、ガソリンスタンドを営まれていて、そこを手伝いながら夜間の大学に通い、さらに同時期に東北紙業社での仕事もスタートし、多忙な日々を送られていたそうです。

「高校は建築学科で、大学では不動産学を学びました。もともと消防士になりたくて高校卒業後に試験のために浪人するつもりでしたが、母親から大学を進められてダメ元で受けました。マークシートだから鉛筆回せば受かるかも。そんな軽い気持ちで受けたら、みんな受かってたそうです(笑)」

大学に入り、そこで知り合ったのが、東北紙業社の現社長の娘さんで、加藤さんの奥様。工場の人手が足りず手伝ってもらえないか、と加藤さんに声がかかって初めて工場を訪れたのは大学1年の12月のことでした。

「最初、実家のスタンドと掛け持ちしてましたが、当時ガソリン売るよりジュースを売る方が利益があるくらいでしたし、元売りもスタンドを出して価格では勝負できなくなりました。もう先がないと思ったのと、物を作ることが好きでこっちがおもしろくなりました」

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半年ほどバイトで働いていた加藤さんですが、この道でやっていくことを決意し、正社員として正式にここで働くことに。そして、大学を卒業し、結婚を機に24歳の時に墨田区に移り住みました。

「当時は、職人さんもいっぱいいたんです。仕事が残っていても定時になったら追い出される形で、いいから行きなさいと言ってもらってたので、大学には行かせてもらった感じです。ただ、ハードでしたね。小平から通っていたので、5時半に家を出て8時〜17時まで仕事。18時〜21時くらいまで授業を受けて、そこから学園祭の実行委員もやって、3時間寝れたらいいような生活でした」

ここで働きはじめるまでは、こういった仕事があることは知っていましたか?

「知らなかったです。どんな仕事なのかを教えてもらった時に、そういえばそういう商品ってよく見かけるし、お店で見るものがこのちっちゃな工場一つで作って、全国に出していることが衝撃でした。町工場という名前を聞いたことがあっても、どれだけのことをやってるのか、全く知らなかったんだなと」

下積み時代に大変だったことはありますか?

「町工場って厳しいイメージがありますよね。怒鳴られるかもとドキドキしながら気合い入れて行ったんですけど、よく来たなって言ってみんな優しかったんです。中には江戸っ子気質の方もいますけど、これはたぶん墨田の職人さんの特徴かもしれないですね」

技術的にうまくできなくて苦労したことはありますか?

「実はないんです。でも、最初から何でもできたわけじゃなくて、コツコツやらせてもらえる環境にいたんでしょうね。だから、そんなに苦しくなくいろいろできました。やらせてもらえたってのが正しい表現ですね」

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工場内に所狭しと並べられた型

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型の刃の回りの黄色いゴムは、紙を吐き出すためのもの

緻密に計算された型は、一度できてしまえばあとは動かすだけですが、難しいものだとこれだけで丸1日かかることもあるそうです。これまでに制作された型は工場に所狭しと置かれ、昔は年間で1000ほどを制作し、年に1回は捨てないと置き場所がなくなるほどだったそう。

一通りのことができるようになるまでに、どのくらいの期間がかかりましたか?

「3年くらいですね。職人の世界って、見て覚えろ、見て盗め、みたいなのあるじゃないですか。興味があって自分でどんどんやる人は、手伝いながら見て覚えると思います。俺もアシスタントをして何を手伝えばいいか、ここなら手を出せるってとこが分かってきて、できることからやらせてもらって覚えました」

この仕事の大変な部分は?

「やはり調整が難しいです。機械を動かすこと自体は簡単ですが、力が強いので事故があると大変だし、下が鉄板なので度圧調整を間違えると刃が潰れます。動かすまでが確立でき、一発目が抜けた瞬間のうれしさとほっと感が、この仕事の一番楽しい瞬間かもしれないです。そこに行き着くまでが大変だし悩む部分なんですけどね」

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調整は手作業によって行われています

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墨田区の町工場は、人材不足によって廃業されるケースも増えていますが、この業界でも後継者は少ないのでしょうか?

「このあたりで継いでるのは同世代だと4箇所くらいで、あとは廃業しました。親の苦労を見てる子供たちは継がない人が多いですね。おかしな話ですけど、物価が上がっても加工賃は上がらず、昔より安くなってるくらいです」

東北紙業社では、今いる職人さんが持つ技術や知識を、この先の未来にどうやって引き継ぎ残していくか、これが大きな課題となっています。

「やっぱり何もない時代の人は知恵があるんです。例えば、厚いものを抜くと刃が抜けることがあります。抜けないように職人さんは水をまいて刃を錆びさせて摩擦力を上げるんです。こうした知恵を持っているのが職人さんで、オペレーターとは違う部分で、技術や知識を今のうちに教えてもらいたいんです」

「でも、人を雇って技術者を育てるのが正解なのかは分かりません。雇用は会社の利益を上げるためにも必要ですが、それ以上に経営者側は悩みもあるし、純粋に自分のやりたいことを追求するなら、増やさないほうがやりやすいのかもしれません。でもそれじゃつまらないですよね」

すみだの仲間との出会い

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少しずつ仕事が減っていく状況や、後継者の問題などに危機感を覚えた加藤さんは、『すみだ塾』というビジネススクールに入りさまざまなことを学ぶことになります。

「人脈の部分も大きいですし、考え方も変わって良くも悪くも世界が一気に広がりました。ただ、その1年間はほんとにしんどかったです。でも、それを乗り越えたからこそ見えるものもありますし、しんどいときを共にした同期の結束力は今でもすごいです」

すみだ塾でつながったネットワークの中には、同じ抜き加工を行う会社もありました。墨田区東墨田にある『サトウ化成』は、ウレタン素材を専門に抜き加工を行っており、ウレタンを専門にする抜き屋さんがあることに、加藤さんはとても驚いたそうです。

「うちは基本的に何でも抜けます。おもしろいものだとアルミを抜いたりもしました。ただ、知り合いが増えた今はお客さんにとって最適な方法を考えます。例えば、ウレタンでという相談があれば、サトウ化成さんにお願いした方がウレタンもいい物を選んでくれて、いい方法を考えてくれるはずなので、そのあたりはお客さんのニーズに合わせるようにしています」

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紙の中でもっとも大きなL版サイズが抜ける機械

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今でこそ区内のさまざまな業種の人とつながる加藤さんですが、不思議なことにすみだ塾に通うまではそうしたつながりは全くなかったといいます。

なぜ、これだけ町工場が密集しているにも関わらず、お互いに知らなかったり、知るきっかけがないのでしょうか?

「以前はいわゆる下請け仕事で、依頼された案件をどう抜くかだけの作業的な仕事をずっとやってました。日々来る仕事をやるだけだったので、他を知る必要がなかったんです。当時その方が儲かりましたしね」

「でも、その仕事が減りデザイナーさんの案件を始めたときに、新しい方向とか他の付属する知識が必要になりました。もともと社長がいろんな加工方法を知っていましたが、いかんせんそれができる工場がなくて、そこから探し始める感じでした」

新しい取り組みがスタート
デザイナーに頼られる工場へ

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武蔵野美術大学のオープンキャンパスのポスター

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山を一つずつ丁寧に起こすことで絵になる

どういったきっかけでデザイナーさんとの仕事は始まったのでしょうか?

「デザイナーさんの案件ができそうな工場ということで、声をかけてもらったのがきっかけです。仕事が減り暇になって始めたことでしたが、下請け仕事にはない一緒にものを作る感じがおもしろかったんです」

その後、あまり知られていなかった抜き加工を知ってもらうために、加藤さんは展示会に行き積極的に『工場見学に来ませんか?』と逆営業をして、新しい仕事を増やしていきました。

これまでに印象的だったデザイナーさんとの仕事はありますか?

「デザイン事務所の依頼で、7000個の丸穴を抜いてドット絵になるステッカーを作る仕事が、今までで一番苦労しました。シールって0.1mmくらいの下の台紙は残して上の紙だけを抜くので、真ん中で刃を止めて抜き切っちゃいけないんです。なおかつ7000個の型を作るとすごい金額になるので、分割した型を作って10回くらいに分けて抜くようにしたので、1回の失敗も許されずプレッシャーがすごかったです」

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7000個の丸穴を抜くために作られた型

デザイナーさんとの仕事は、手間を考えると割に合わないことも多いのではないでしょうか?

「やっぱり利益率は低いです。でも、会社の利益はお金だけではなくてどう評価するか。それで展示会に出れたり、宣伝や従業員の技術の向上にもなる。成果物が表に出た時のうれしさもあって、総合的に考えるとお金以外のいろんな価値があると思います」

今は、割合的にどちらの仕事が多いのでしょうか?

「単純に量だと下請けが3分の2くらいです。下請けの仕事は、品物が入って発注書がきて明後日までに抜くみたいな仕事ばかりで、よく言えば手離れが良くスパンがすごい早い。でも、デザイナーさんの案件は一からなので、200個作るのにも1ヶ月かかることもありますが、それはそれで楽しいです」

新しい加工、紙象嵌

東北紙業社 東北紙業社

東北紙業社では、型抜きした紙の上に紙を嵌め込む『紙象嵌』という加工ができます。象嵌とは、工芸技法の一つで象は『かたどる」、嵌は『はめる』という意味で、一つの素材に異なる素材を嵌め込んだもの。見た目は、箔押し加工のようにも見えますが、箔と比べて象嵌の良さはどんなところでしょうか?

「一番の良さは、他があまりやっていない新しい加工という点だと思います。あとは、文字の中にいろんな紙をはめ込めて、抜けるものであればなんでもできます。これまでの中でおもしろいと思ったのは、竹細工のパンフレットで笹の葉っぱをはめ込むとても意義のあるものや、午年の年賀状を作る際に、馬の形の部分に競馬新聞を埋め込んだこともあります」

こうした特殊な依頼は、誰でも相談に乗ってもらえるのでしょうか?

「もちろんです。ただ、問題は町工場に相談する勇気があるかどうか。うちはホームページがないので、飛び込みで連絡してくる人は、相当勇気があるか相当やる気のある人。良くも悪くもそこが関門ですね」

東北紙業社では、とりあえず見積もりだけお願いしたいとか、金額を下げたいといった仕事は基本的には受け付けていません。その代わり、他で断られてしまってできなかったとか、どこにお願いしていいのか分からないといった特殊な依頼については、積極的に相談に乗ってくださいます。

「たぶんうちでできなければ他でできるとこは少ないと思います。というのも、バブルの頃に大量生産をするために自動機に切り替えたところが多いんです。大きい工場は汎用性の利く古い機械を処分してしまい、小さい工場は廃業していったので、こうした機械があるところが少ないんです」

打ち抜きという『加工』と、紙という『素材』。
加藤さんにとって、この仕事の魅力はどっちでしょうか?

「加工です。でも、お客さんが求めるものとその先のお客さんが求めるものを、どう表現して解決してあげるかを一緒に探っていきます。その答えがたまたま紙や抜き加工というだけであって、そうじゃない素材や方法の方がいい場合は、そっちに導くのも仕事だと思っています」

他社とのコラボから生まれた『印刷加工連』

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ロゴは、毛利元就の3本の矢を元に6社の絆を表す

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本をめくっていくと中から文房具が現れる

新しい取り組みはデザイナーさんとの案件だけに留まりません。製本会社3社、抜き屋、箔押し屋、デザイナーのそれぞれ特徴の異なる6社がタッグを組み『印刷加工連』というチームを立ち上げます。

製本、穴あけ、折り、綴じ、型抜き、箔押し、空押し、浮き出し、紙象嵌、シール印刷、活版印刷と印刷加工連ができることは実にさまざまです。

「製本組合が30周年で冊子を作る企画があって、製本会社3社で最初はじめました。作っていく上でデザインが必要になりデザイナーが入り、やりたい仕様を実現するのに箔押し屋さんが入り、最終的に表紙の加工にうちが呼んでもらったんです」

それが象嵌だったんですね。

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表紙に加工された紙象嵌。東北紙業社ではこの部分を担当

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リングが斜めに付けられたノート。表紙は特殊紙を使用し革のような風合い

その後、生まれたのが印刷加工連の『紙の文具』。
デザイン性だけでなく、ありそうでなかった使う人のことを考えられた商品。

「この30年史ができて一度チームは解散しました。だけど、すごく楽しくてもう一度集まって、ワクワクすることや新しいことに挑戦することを目的に、町工場が作る紙の文具を作りました。これでイベントに出たり、ワークショップしたり、ホームページやPVを作ったのは、なかなか町工場ではできない経験でした」

「なんとなく今は、文具メーカーのイメージが強いんですけど、目的は文具を作ることじゃなくて新しいことに挑戦しよう、楽しくやろうよみたいなことが根本にあって、そのために文具を売って資金を貯めて新しいことをやっていきたいなと思っています」

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これまでの下請け仕事に加え、デザイナーさんとの新しい仕事。そして他社との協業。この先、この工場はどこに向かっていくのでしょうか?

「お金儲けというよりも、おもしろいこと、ワクワクしたことをしたいです。抜き加工って紙加工業界でも特殊であまり知られてないので、そういった活動をすることでもっと広げていきたいですね」

業界としては厳しい状況にありながらも、ただ指をくわえて待っているだけではなく、楽しいことをまずはやってみようの気持ちでどんどんチャレンジしてみる。そうした加藤さんのチャレンジ精神や想いに共感して、この会社と一緒に仕事をしたい、この会社に仕事を頼みたいという人が増え始めています。

企業名 株式会社東北紙業社(とうほくしぎょうしゃ)
住所 〒130-0025 東京都墨田区千歳3-18-11
TEL 03-3634-5531

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