これからの担い手たち 東日本金属 株式会社
墨田区立花にある東日本金属株式会社は、大正7年創業の鋳物専業メーカーです。『砂型鋳造』という伝統的な技術を使い『鋳物』を作られています。
この東日本金属株式会社で、2016年2月にすみだの仕事で鋳物職人を募集をしました。
(当時の記事はこちら「求む。鋳物職人」)
工場の熱い想いに共感し、たくさんの応募をいただきましたが、過酷な現場やハードな仕事内容に、採用する側も応募する側もお互いなかなかマッチできず、あっという間に募集期間である6ヶ月が経ち、採用には至りませんでした。
我々も工場の方もがっくりと肩を落としていたのですが、募集期間が終わっていたにも関わらず、数週間後に問い合わせをして応募してくれた、一人の青年がいました。清田和之さんです。そして、約1ヶ月後に入社が決定し、働き始めたご報告をいただいたのは、2016年11月7日のことでした。
あれから、約一年。
久しぶりに工場を訪れることができました。
奥にある鋳物場に案内されると、そこには鋳物職人を目指すひたむきな若者の後ろ姿がありました。
「キヨ!」と呼ばれ、走ってこちらにやってきた彼は、見るからに若々しく、そしてとてもいい目をしています。たった一年あまりで、馴染み溶け込みみんなに可愛がられていることが、周りの様子からもすぐに感じ取れました。
生き生きと働く姿を見ていると、募集記事を書くにあたっての取材の中で、東日本金属の会長から言われた、こんな言葉が頭に蘇ってきました。
「もうこの仕事をやる若い人なんていない」
きっとこれまでにも若い人が長続きしなかったり、やりたいと手を挙げる人も少なく、なにより会長自身が大変な仕事だと言うことを身をもって感じられていて、やらせられないと考えられていたんだと思います。
でも、当時その言葉を聞いた時に、やりたい人がいないのではなくて、こんなにすごい仕事が墨田区にあるということが知られていないだけ、これまで知ってもらう機会がなかっただけで、きっとやりたい人はいる、そう思っていました。
彼が、募集期間を過ぎているにも関わらず諦めずに応募してくれたこと、この仕事を志願し鋳物場に入ったこと、そして今まさに生き生きと働いていること、それらを見て少しだけその時の想いが確信に変わったように感じます。知られていないだけで、やりたい人はきっといる。
たくさんの町工場を訪れるたびに、東京都内でこうしたものづくりが盛んに行われていることにいつも驚かされます。それは、昔からこの場所でやってきた人にとっては、当たり前のことかもしれません。でも、それはきっとまだまだ知られていなくて、知らない人にとっては入り口があまりに高いところにあるように感じます。
ものづくりの町として、この先もその歴史と伝統を守りさらに発展していくためには、こうした若い人たちの力が不可欠です。そして、技術ある職人さんたちが現役であるうちに、次の世代がその技を学び引き継いでいかないといけません。
そのためには、待っているだけじゃなくてもっともっと発信が必要です。きっとまだまだ知られていない仕事はたくさんあります。こうした仕事をもっとたくさんの方に知ってもらい、興味を持つきっかけや、働く動機をこれからもここから作っていけたらと思います。