墨田と筑後を繋げたものづくり
2018年4月20日より始まる『墨田と筑後の仕事展@東向島珈琲店』は、福岡県八女市にあるうなぎの寝床と共同で開催する2つの地域の仕事を紹介する展示・販売会です。地域の手仕事を紹介しながら、うなぎの寝床のオリジナル商品である久留米絣を使った『現代版もんぺ』を見て・触って・履いて・そしてその場で購入していただくことができます。
すみだの仕事は、この展示を開催するにあたり福岡に取材へ行ってきました。うなぎの寝床のお店はもちろん、久留米絣を作る工場(工房)を3箇所見学させていただきました。
羽田空港から飛行機で1時間半、福岡空港から高速バスで1時間。わずか3時間弱で着いた、福岡県八女市。ときおり雪が舞う天気でした。遠いようで思ったよりも近いという印象です。
八女のある筑後地方は、伝統工芸品である久留米絣が今でも伝わる地域で、伊予、備後と並び、日本三代絣の一つでもあります。1800年代前半に考案されたと言われる久留米絣。絣(かすり)は、織る前に糸を縛り先染めをすることで柄を作る複雑な技法でインドが発祥と言われ、英語での呼称は『ikat(イカット)』と呼ばれ、インドネシア語の『しばる』に由来しており、糸を縛り、染め、織るという技術ベースに30数工程を経て布ができあがります。この久留米絣を作る織元は、この地域には数百とかつてはあったそうですが、今では20数軒ほどにまで減ってしまい、残っているところの多くも後継者不足といった問題に直面しています。
藍染絣工房
最初に伺ったのは、『藍染絣工房』さん。
1893年創業で、今でも昔ながらの製法を受け継ぎ、藍染め、手織りを用いて、絣(かすり)を一つ一つ丁寧に作られています。家族で経営する工房は、ご自宅の裏にある作業場を改築して作られた染場には、12個の藍甕(あいがめ)が並び、染め、絞り、叩きを30回以上繰り返し、しっかりと染め上げています。
久留米絣と一言で言っても、作り手ごとに特徴は違い、ここの本藍染めの手織りという手法はその中でももっとも手間がかかります。藍染めは、藍の灰汁などがはじめは付いているため、使って洗っていくことで白い部分はより白く、藍の部分はより鮮やかに色が変化していきます。丈夫で長く愛用できるのでそういった変化を楽しむことができます。
下川織物
次に伺ったのは、昭和23年創業の八女市に唯一ある久留米絣の織元である『下川織物』さん。
TOYOTAによって開発された織機と同じようなモデルのものを約20台所有し、無地だけでなく縞(しま)、チェックなどのさまざまな柄物、そして幅広い風合いの反物をフレキシブルに手がけています。積極的なSNS等での情報発信、一般の方への工場見学などの受け入れなどを続けてきたことで、デザイナーや企業との協業も多い。うなぎの寝床のもんぺの多くは、ここの生地が使われています。
宮田織物
そして、大正2年創業の『宮田織物』さんは、元々は久留米絣の織元さんだったところ。
過去形なのは、今は綿入り半纏(はんてん)や婦人服を手がける布作りメーカーへと時代とともに成長し、布の企画・開発をはじめ、織り、綿入れ、綴じ、縫製までを自社で一貫して行っています。従業員数や工場の大きさなど、今回伺った中でもっとも規模の大きな工場になります。
ここで作られている半纏の綿は、全て一枚一枚人の手で詰められています。着るとまさに布団を身にまとったような温もりで、一度着ると手放せなくなります。
うなぎの寝床のもんぺの中にストレッチ素材のものがありますが、これは宮田織物さんと一緒に作ったもの。板染という久留米絣とは別の技法で作った生地で、正確に言うと久留米絣ではありません。
緯糸(よこいと)にポリウレタンが2%織り込まれていることで、横方向に伸びます。久留米絣の考え方や技法などを汲みながら、機械による効率化と手作業でしかできないことを融合しています。
うなぎの寝床
そして、最後は『うなぎの寝床 八女本店』と、そこから徒歩1分のところにあるうなぎの寝床の次なる拠点『旧寺崎邸』。
うなぎの寝床という名前は、この本店のような縦に長い作りの建物が、この地域に多いことから名付けられており、ここを訪れてみて納得です。うなぎの寝床は、2012年にオープンした九州筑後地方のアンテナショップ。2017年にオープンしたばかりの旧寺崎邸は、九州以外のものを扱うお店で、トークイベントや展示なども頻繁に行われている場所です。
短い時間の取材ではありましたが、現地に足を運んでみないと分からないことは本当に多いです。墨田と筑後の仕事展では、この取材を通して知ったこと、感じたことをたくさん込めました。、少しでもその想いを感じ取ってもらって、展示をきっかけに福岡にも足を運んでみてほしいなと思います。